聴神経腫瘍




                                                                           
                           
              聴神経腫瘍の治療
            
(Annual Review 2009 掲載内容) 2009.1月出版

                       東京警察病院 脳神経外科部長・脳卒中センター長  河野 道宏


      注) 医師向けですので、専門用語が多く、患者様達には難解な箇所が多いかと思いますが、
         聴神経腫瘍の治療全体の流れはつかめるのではないかと期待しております。


[要旨]
 聴神経腫瘍の治療において、手術と放射線治療の分野では、おのおの最近の進歩にはめざましいものがある。
手術の分野における進歩としては、顔面神経機能温存率の向上と聴力温存手術の普及・術中神経モニタリング
の向上・手術アプローチや技術の開発と普及・内視鏡の導入・
NF2に対する聴性脳幹インプラントの開発などが
挙げられる。定位的放射線治療では、従来のガンマナイフに加えて、x線を用いた分割照射が可能な定位的ライ
ナックやサイバーナイフなど種々の放射線治療が導入されてきた。近年、手術・放射線治療ともに患者が専門施設
に集中するセンター化が進んでおり、聴神経腫瘍の治療成績は今後向上することが期待される。 

[動向]
 
聴神経腫瘍の治療には、大まかに分けて外科的治療・放射線治療・経過観察と3つのカテゴリーがある。腫瘍の
大きさや性状、症状、患者の年齢や希望、治療施設の条件
(聴神経腫瘍を的確に手術できる術者がいるかどうか、
特殊な放射線治療装置を備えているか等
)によって、その治療の選択は様々
であり、明確な治療ガイドライン等が
ないのが現状である。比較的同一のプロトコールで治療が行われやすい放射線治療に対して、
聴神経腫瘍の手術は
機能温存の観点から極めて高い技術を要求され、術者によって手術成績は全く違ったものとなる
ことが知られている
1-9
)
。このような背景を持つ聴神経腫瘍の治療を、手術か放射線治療あるいは経過観察かという単純な比較を画一的
に行うことは事実上極めて難しく、医療側は最も適していると考えられる治療法を患者側に提示し、セカンドオピ
ニオン等を通して最終的には患者側が治療法を選択しているのが現状である。本稿では最近の知見を含めて、
これまでにある程度コンセンサスの得られている範囲のまとめを行いたい。

 最近の治療の動向としては、手術が治療の主体であった以前の時代から、ガンマナイフを主軸にした定位的放射線
治療や経過観察といったオプションも加わり、うまく治療を使い分けていかに治療成績を向上させるかが問われる
時代に移行しつつある。

A.[診断上の問題点]
  聴神経腫瘍は高頻度に耳鳴りや聴力低下で発症するが、耳鼻咽喉科でしばしば突発性難聴と診断されて治療され10)
後日になって聴神経腫瘍であることが判明することも多い。
聴神経腫瘍の患者においては、聴性脳幹反応 (auditory
brainstem response: ABR
)の異常が高い頻度で認められることが知られている11)。しかし、一側感音性難聴の患者
に対する聴神経腫瘍のスクリーニングとしては
ABRよりもMRIを行うことが推奨されている10,12,13MRIの撮像方法に
おいては小さい聴神経腫瘍を見落とさないための工夫が必要である。通常、聴神経腫瘍のスクリーニング
MRIは造影剤
を用いて、内耳道を中心とした
2-3mmthin sliceで撮像される。

B.[治療の種類と特徴]
 近年、MRIの普及により、内耳道内限局のものも含めて、聴神経腫瘍が小さい段階で発見されることが多くなって
きた。同じ聴神経腫瘍でも、偶然発見された小さく無症候性のものから脳幹を著明に圧迫する巨大なものまで多岐に
わたり、治療も画一的ではないのが現状である。以下に、各治療における最近の進歩について記載し、各治療法の
メリット・デメリットを概説した上で、コンセンサスが得られていると考えられる治療方針を記述したい。

1.[手術について] 
 聴神経腫瘍の手術は、良好な手術成績を得るためには熟練を要するため、通常は経験豊富な医師によって手術が
行われる。外科治療における進歩は、従来から企図されている顔面神経機能の温存に加えて、聴力温存手術が広く
行われるようになったことが大きい
2,14,15)。これには、手術アプローチや術中モニタリングの進歩、臨床解剖の
研究
16)等も大きく関与していると考えられる。

・手術アプローチ
 聴神経腫瘍の手術には種々のアプローチがある15。これまで、脳神経外科で手術する場合には後頭下開頭による
外側後頭下到達法
(後頭蓋窩法)2)が、耳鼻咽喉科で手術が行われる場合には経迷路法あるいは中頭蓋窩法が採用
されてきた
17)。取り扱う科によってこれほど手術方法が違う疾患は聴神経腫瘍が代表格といえよう。耳鼻咽喉科の
手術アプローチの使い分けは、聴力温存を企図する場合には中頭蓋窩法を、そうでない場合には聴力を犠牲にする
経迷路法が採用されるのが一般的である。いずれの方法も、錐体骨の削除を前提とする頭蓋底アプローチであり、
錐体骨の解剖に精通することと熟練が必要である。脳神経外科の手術方法は、聴力温存の企図の有無にかかわりなく
適用できることと、術野が広く、オリエンテーションがつけやすいことが特長であるが、小脳の牽引を要する点が欠点
とされる。

 近年は、脳神経外科と耳鼻咽喉科の共同手術を行う施設や、各種の頭蓋底手術アプローチを症例によって使いわけ
たり組み合わせたりする施設
9,14,15,18,19)も出てきており、術中神経モニタリングの進歩と併せて手術成績の向上に
寄与していると考えられる。

術中モニタリング
 聴神経腫瘍の手術成績を向上させるために術中脳神経モニタリングは必須であり、主として顔面神経と蝸牛神経の
モニタリングが行われる。顔面神経モニタリングについては、従来より顔面神経のフリーランや随意刺激による顔面
表情筋の筋電図が用いられてきた。近年は顔面神経起始部に電極を留置し持続刺激を行って、常に顔面筋電図反応の
変化がないかどうかを連続監視する方法
20や、剥離子を電気化して刺激を行いながら効率よく腫瘍の剥離を行う方法21
などが報告され、顔面神経機能温存率の向上に貢献している。また、蝸牛神経のモニタリングとしてはもっぱら
ABR
用いられてきたが、これに加えて蝸牛神経上からクリック音に対する活動電位を記録する
CNAP (compound nerve
action potential
)が用いられる機会も増えてきた22,23)。これに伴って、聴力温存を企図した手術も広く行われる
ようになり、小さい腫瘍で有効聴力が保たれているケースに手術が適応されることも多くなってきた。他の術中神経
モニタリングとしては、三叉神経運動根モニターや、大きな腫瘍で脳幹を圧迫している症例に体性誘発電位
(somato
sensory evoked potential: SEP
)が用いられることが多い。 

・内視鏡の導入
 聴神経腫瘍の手術において最も重要なことは、顔面神経の走行を把握することである。通常は腫瘍の腹側を走行する
ために、腫瘍の背側から進入する外側後頭下到達法や経迷路法では、顔面神経の走行の把握はどうしても手術の終盤と
なりやすい。そこで、中盤に顔面神経の走行とともに神経の薄さや広がりを確認するために内視鏡を導入する報告が
なされている
24)。また、内視鏡を内耳道内の腫瘍切除の到達度を確認したり25)、内視鏡観察下に腫瘍の切除を行う
報告もある
26,27)

・高位頸静脈球の処理
  手術において、側頭骨CTで術前に高位頸静脈球の有無を確認しておくことはひとつのポイントである。高位頸静脈球
に対しては、ドリリングを行って頸静脈球を露出しこれを尾側に牽引する方法
28,29)や骨ろう等で尾側にキープする
方法
30,31)、電気凝固して焼き縮める方法32)、テントを牽引して上方から腫瘍を取る方法15)などが報告されている。

・顔面神経麻痺に対する神経再建術・形成外科的手術
 顔面神経が手術中に切断された場合、原則的には術中顔面神経再建が第一選択となる。しかし、顔面神経の中枢端が
発見できない場合や、切断したかどうかがはっきりしない場合で術後から半年以上完全な顔面神経麻痺が続く場合など
は、顔面神経
-舌下神経吻合術の適応となることが多い。

 顔面神経-舌下神経吻合術は、従来は舌下神経を切断して顔面神経本幹と直接あるいは移植神経を介して間接的に吻合
するものであった。しかし、澤村ら
33は錐体骨内の顔面神経管を開放して顔面神経垂直部を尾側に翻転して移植神経を
介在させることなく、舌下神経の背側半分のみを切開してそこに直接吻合する方法を報告し、舌の運動機能を犠牲にする
ことなく良好な成績をあげている。

  一方、顔面神経再建術によっても顔面機能の改善が得られない場合には形成外科的手術が試みられることがあるが、
この分野においても新たな手術法や、手術成績の向上が報告されている。中でも、波利井ら
34が開発した方法は、
広背筋を神経・血管付き遊離皮弁として採取し、頬部と眼周囲の筋肉移植および
cross facial nerve reconstruction
同時に行うものであり、本法は普及しつつある。

NF2に対する聴性脳幹インプラント (auditory brainstem implant: ABI) 
 神経線維腫症2型 (neurofibromatosis type 2: NF2)は、両側聴神経腫瘍を発生しやすく、最終的には左右とも聾と
なる可能性が高い。この場合には後迷路性難聴であり、補聴器や人工内耳は理論的には無効である。そこで、脳幹の
蝸牛神経核にインプラントを接触させて、周囲の声や音を増幅させて脳幹を直接刺激して患者が音として認識できる
ように開発されたものが
ABIである。米国でNF2に対して多数症例に用いられて有効性が報告され35-37)、日本にも導入
され
38)、最近経験が蓄積されつつある39)

2.[放射線治療について]
 聴神経腫瘍の治療のもう一つの柱となっている放射線治療について記述するが、著者自身で直接この治療を行って
おらず、報告をもとに客観的に記載する。

 聴神経腫瘍に対して最も多くの症例数と治療の歴史を持っている定位的放射線治療はガンマナイフである。1968年に
スウェーデンで開発されたガンマナイフ治療が聴神経腫瘍に対して本格的に用いられ始めたのは
1980年代初めのことで、
日本には
1990年に導入され、現在では50台以上の装置が設置されて稼働している。この間にガンマナイフ装置にも改良
が加えられ、これまでの手作業からコンピュータによる自動計算システムが導入されて
40)、各施設による治療の差が
出にくい状況となっている。聴神経腫瘍に対する照射線量は変遷があり、現在の標準線量とされる辺縁線量
12-13Gy
なってからは
10年以上を経過したところで41,42)、報告では90-98%の制御率と報告されており41-43)、顔面神経麻痺や
聴力喪失などの合併症はほとんど起こらなくなってきている
41,44)。しかし、
20年後、30年後のコントロールについて
は全く不明であり、安易に
20代・30代の患者に施行することは将来のことを考えると慎重になるべきである45)
現在の
ところ、水頭症の発生や悪性腫瘍への転化などのリスクも低いながら存在するものの
46)、長径2.5cm (8cc)以下の
聴神経腫瘍に対しては、有効性が高いと考えられている。

 定位的ライナック治療はx線を用いた定位的放射線療法であるが、分割照射が容易に行えることが特長で、分割照射
によって病変周辺に存在する感受性の高い神経など対して侵襲性を低くすることが可能である
47-50)。サイバーナイフも
x線を用いるが、頭部にピンで固定する必要がないこと、治療デザインが比較的自由にできること、表層の病変や脊髄
の病変にも対応できるなどの利点があることが特長である
51)。しかし、開発されたのが1994年であり、日本導入は1997
年で、長期治療成績が発表されていないのが欠点である。またノバリスについては、開発が
1997年でx線を用いており、
2004
年に日本に導入されたばかりである。

 定位的放射線治療を総括すると、ガンマナイフのみがコバルトによるγ線を用いた治療で中長期の治療成績を有して
おり、x線を用いるライナック・サイバーナイフ・ノバリスについては、まだ開発されてから日が浅いこともあり、
長期成績は今後に期待せざるを得ない。

3.[Wait and scanについて]
 聴神経腫瘍の自然歴 (natural history)についての研究は多く報告されており、現在では年間に1-2mmの増大が平均値
と考えられている
49,52-54)。しかし、長い期間、全く成長しないものがしばしば見られることや、時として自然に縮小する
ものがあることが知られており
53,54)、小さい聴神経腫瘍に対しては経過観察 (wait and scan)が行われることが多い52,54)
半年または1年に一度の
MRIおよび聴力検査によってfollow-upされることが一般的と考えられ、増大の速度が大きいもの
には通常、手術か放射線治療が適用される。

4.[手術と放射線治療の併用について]
  近年、神経機能温存と腫瘍コントロールの両者を目的として、意図的に手術による腫瘍の部分摘出と定位的放射線治療
を組み合わせた、計画的な手術・放射線併用治療が提唱されるようになってきた
55,56)。しかし、中程度の大きさまでの
腫瘍であれば、従来は専門性のある術者による手術か定位的放射線治療のどちらかによって本疾患は十分にコントロール
されてきており、患者に2つの治療をはじめから計画的に用いる治療はデメリットもある。大きな腫瘍に対しては有効で
ある可能性はあるが、長期成績はなく、慎重な対応が必要である。

 また、放射線治療後の腫瘍の増大に対する手術もひとつのトピックであるが、通常の腫瘍よりも顔面神経や脳幹と癒着が
強くて切除が難しいなどの特徴がある
57-60。今後は症例の蓄積と病理所見の検討も必要と考えられる。

C.[各治療のメリット・デメリットについて]
  手術・放射線治療・経過観察のメリット・デメリットをまとめる61
手術のメリットとしては、腫瘍の切除が行えること、病理診断が確定し、MIB-1などの検索も可能で、あらゆる大きさの
腫瘍に治療可能
であることなどが挙げられる。一方、手術者によって手術成績が一定しないことや、開頭手術を要し、
顔面神経麻痺出現等の合併症の頻度が放射線治療に比して高いこと、入院が手術後
2-3週間かかるのが一般的で、髄膜炎や
髄液漏・創部のトラブルなど手術に特異的な合併症があり得ることがデメリット
と考えられる。
 放射線治療のメリットは開頭手術を要さずに治療合併症の頻度が少ない点、入院が短期間で社会復帰が早い点にあるが、
デメリットとしては腫瘍が消失しないこと
(腫瘍と一生つきあう)、再発した場合に手術が難しいこと、現在の治療線量に
よる腫瘍コントロールの長期成績はないこと、大きい腫瘍や嚢胞性の腫瘍には適さない
ことや水頭症出現や悪性腫瘍化の
可能性を持っていることが知られている。

 経過観察は合併症の心配がないが、聴力保存の機会を逸する可能性が高くなり、大きくなった場合に治療が難しくなる
などのデメリットを有している。

 総括すると、手術は主として腫瘍を「治す治療」であり、放射線治療は腫瘍を「コントロールする治療」と考えることが
可能である。

D.[治療の選択方法についてのコンセンサス]
  本疾患に対して、現在のところコンセンサスの得られていると考えられる治療選択基準を示す。
  長径3cmを超える腫瘍に対しては定位的放射線治療では一過性膨大62)の問題もあって不利な要素もあり、一般的には手術
が選択される
17)。また、若年者に対しても基本的には手術が第一選択となり45)、高齢者や全身麻酔のリスクの高い患者や
手術拒否の患者には放射線治療が行われることが一般的と考えられる。また、
3cm満の小型・中型の聴神経腫瘍に対しては、
手術・放射治療・経過観察のいずれも適用可能であり
54)、患者の年齢や希望・施設の状況や方針等によって、治療方針が
決定されている。有効聴力のある小さい腫瘍に対しては聴力保存を目的とした手術が行われているのも現状である
4,5,7)
内耳道内に限局している腫瘍に対しては、手術
15・放射線治療42が適用されることもあるものの、経過観察されることが
一般的である
1)

 国内においてもセカンドオピニオンの普及により、患者自身が十分にインフォームドコンセントを得た上で納得した治療
を受けるようになってきている。欧米では、専門性を持った施設に患者が集中する、いわゆる「センター化」が以前より
行われているが
2,14,35,57、日本においても、インターネットの普及などによって、専門性の高い施設へのセンター化が
加速しているのが現状
である。このため、今後はよい手術成績が標準となる可能性があると期待される。

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